Viちゃんからのディープインパクト

故郷のca mauからViちゃんが帰還した。数日振りに会ったらそーイタすのがセオリーである。ハイズオンおねえさまも天然過ぎる女子もイイけど、ゆっぱりViちゃんがサイコーだなと仮初めとも真実ともつかず、日常とも疑似ともつかない愛情と、豊潤なツインピークスに包まれて余韻に浸っていた。

さて、小腹が空いたのでViと近所のBun bo屋へ出かけた。お?カワイ子ちゃん帰ってきたな?と店のおねえさんが言う。こちらがViを呼ぶときはem oiではなくde thuong oiと呼ぶ。馴染みの店では皆それを真似するのでViは極まりが悪いようであった。”ねえワタシが居ない間、この人他の女連れてきたりしなかった?”とVi。おねえさんは否定したが、自分の彼女とよく行く店に他の女を連れて行く唐変木がドコに居るのだろうかとも思うが、ベトナム人の男ならやりかねないな?と思わなくもなかったりであった。bun boを具まで平らげ、スープを肴にチビチビとタイガーの小瓶をやっているとViが突然、”赤ちゃん欲しくない?”と口にした。この場合、ネットではコーヒー吹いたとでも表現するのだろうが、案外コーヒーは吹かないものである。

数年前の自分ならフツー男子のように焦燥や冷や汗ものだったかもしれないが、最近はまーデキたらデキたでなんとかなるだろうと思い始めていたからである。と言うのもこちらに来て以来、ベトナム人諸氏から”ウチのお父さんは女がいっぱいだった、異母兄弟姉妹がいる、父母が再婚なの、シングルマザーなの”と言う話を日常的に見聞しているからである。タイに逗留していた時もそーだったが、”まーそー言う文化なんだろう、そー言う文化もあっていいのではないか?”と。所詮男の存在、Y染色体の存在など生物学上の一時しのぎである。男には確たるモノなど存在しないし、得られる保証などない。科学万能の世の中であるから、出来た我が子が己の遺伝子を継承しているかどうかは容易に確認できるが、基本的には信頼によって成立するものである。女はそんな小細工など必要ない。出来た我が子は100%我が子である。世の女子諸君はこの点を”男のくせに・・・”のヒトコトで一蹴してしまうだろうが、男の人生など全て仮初めなのである。その仮初めに男は人生を賭け、一生を終えるのである。それならばだ、女子諸君にも”このヒトが他に女を作っちゃったら、子供を作っちゃったらどーしよう?”と言う不確定要素、男が仮初めとも真実ともつかない存在であっても良いのではないか?男女平等同権である。イヤそーあるべきである。

と思いつつ、椀を挙げてbun boのスープを啜ったのであった。何はとまれ、イタすコトをしなければ結果は出ない。お会計を済ませ、Viちゃんの手を引いて帰路を急ぐのであった。