戦慄のscynchronicity について考える

連休である。当然彼女も連休なので身動きが取れないが、午前中にちょっくら買い物に出かけてくると言ってViをバスターミナルまで送って行った。帰りにコープマートへ寄って別に必要もない雑貨とサンダルを買った。

さて、することもないので彼女といつものカフェへ出かけ、彼女のマシンガントークに耳を傾けつつ、意見や結論を言いたい衝動を抑えつつ、相槌を打つことに専念していると可愛すぎるフツーカラオケ女子からZALOが入った。しかもビデオトークである。なんでこのタイミングなのかなと思いつつ、これは出られない。そしてしばらくするとまたスマホがブルってきた。これはヤバいなと思いつつポケットからスマホを取り出すとViからである。しかもこれもビデオトークである。とりあえずブルブルを止めて再度ポケットにイン。が、またスマホがブルブル。またポチってブル止め。が、またまたブルブル。Viから計4回のビデオトークであった。

The policeの5枚目のアルバム、”Scyncronicity”は愛聴の1枚であるが、なんらかの関係のある複数の女子の1人から電話なりメッセが入ると、なぜかその他の女子からも同時期に電話やメッセが入る現象をベトナムに来てからしばしば体験する。まさにscyncronicityである。現象には必ず理由が存在するが、この戦慄のscynchronicityの理由がさっぱり分からない。その後、可愛すぎるフツーカラオケ女子にメッセを送ると何やってんの?と思って連絡した。Viは今どこどこのバスターミナルで休憩中との報告だけだった。

どーでもいい話であるが連休でヒマなのでちょっとこの現象について考えてみた。過去に起こった同じ現象を思い出してみた。まず行わなければならないのはそれぞれに存在する共通項である。その共通項ってもしかして愛?そしてこの現象の理由ももしかして愛?この仮説が正しいならこのscynchronicityに現れる女子はマジ?ってコト?