ホーチミン物語 この街で暮らして

ホーチミンの外れ、タンソンニャット空港に最初に降り立ったのが云年前。タラップに片足を置くとそこには小雨交じりの熱い空気がグレイに広がっていた。バンコク、スワンナプーム空港を出た頃も、今にも振り出しそうな陰鬱な空だった。我が心のホーチミンのプロローグである。

4区某所のtrung nguyen cafeの2階のテラス。日曜の朝は決まってそこで朝食を摂っていた。洋風スープとバンミー、そしてコーヒーのセットをオーダーする。煙草の呑むのでテラスでなければならないが、休日の早朝なので日はまだ低く、交通量もそれほどではなかった。備え付けのシャンプーで洗うのはお気に召さないように、まだ少し濡れた長い黒髪を気にするだけで小言を溢されることもなかった。しばらくしてウエイターがシーリングファンのスイッチを入れると、灰皿に溜まった灰が風で飛ばないようにtra daを少し注いでくれる細い手があった。

互いに拙い英語を交わしながらも、時に相槌のように、時に不満を漏らすように、時に笑顔を伴って投げかけられるベトナム語の響きに魅せられていく。そして街行く意味の分からない看板を1つ1つ拾っては発音していると”何言ってんの?”とタンデムから怪訝な顔を寄せる姿が左のバックミラーに映るのであった。

この街も大きく変わっていった。何年かを過ごした後、かつてバンコクの空に最初のBTS建設を見上げ、上海の空に磁浮線建設を見上げたようにこの街でも同じ光景を見上げ始めた。その頃はもうこの街を十分に彷徨できるに足る地理感覚が身に付いていた。ベトナム人のように親しみを持ってあちらこちらに話題を振ることもできた。下ろしたワイシャツが毎朝の着用で馴染んでいくように、ボタンを留める指先がステッチを優しくなぞるように、この街の網の目に張りめぐらされた無数の街道と路地裏を脳裏で辿っていくのである。”じゃあアソコで待ち合わせね?”とグラスに注がれたウイスキーの流動が氷の隙間を抜けていくのを眺めながら、”ああ、じゃあ明日の6時半だ”と飲み干した。